矢部健三(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)
内野大介(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)
末田靖則(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)
論文概要
視覚障害者の歩行能力の客観的な評価は難しく、歩行訓練の効果をデータで示す報告は皆無である。本稿では、七沢更生ライトホームで過去20年に実施した白杖歩行訓練の結果を報告しその効果を明らかにする。利用者総数は297名、平均年齢46.4歳、障害等級は1、2級が91.2%だった。訓練結果では、67.1%の者がバス・電車の利用が可能になった一方、15.8%の者は施設周辺の歩行が可能になった段階に留まった。
キーワード:視覚障害、歩行訓練、白杖歩行、リハビリテーション
1.はじめに
中途視覚障害者の多くが、移動・外出に大きな困難を抱えている。視覚障害者の歩行手段としては、誘導法、白杖歩行、盲導犬利用等がある。七沢更生ライトホームをはじめ、全国の視覚障害リハビリテーション施設では、中途視覚障害者の歩行訓練として、白杖歩行を中心に訓練を実施している。視覚障害者の歩行能力の客観的な評価は難しく、歩行訓練の効果をデータで示す報告は皆無である。
本稿では、七沢更生ライトホーム(以下「当施設」)で過去20年に実施した白杖歩行訓練の結果を報告しその効果を明らかにしたい。
2.方法
調査対象:1995〜2013年度の当施設入所利用者297名
調査方法:訓練記録の参照、訓練担当者等への聞き取り
調査内容:基本属性、白杖所有状況、訓練経験、歩行訓練の結果等
調査時期:2014年12月〜2015年2月
3.当施設利用者の状況
図1〜図3に、当施設利用者の年齢階級別、障害原因別、障害等級別の状況を示した。利用者総数は、297名(平均年齢46.4歳)であった。
年齢階級では、50歳代が最も多く28.3%を占めた。これに次いで多いのは、60歳以上の21.2%であった。障害原因では、糖尿病網膜症が最も多く、22.2%を占めた。これに次いで多いのは、網膜色素変性症の18.5%であった。障害等級では、1級が70.0%、2級が21.2%を占めた。
図2 当施設利用者の障害原因別状況
図3 当施設利用者の障害等級別状況
4.歩行訓練のプログラム
表1に当施設の一般的な歩行訓練のプログラムを示した。
表1 一般的な歩行訓練のプログラム
段階 |
訓練場所 |
訓練内容 |
初期 |
当施設 病院 当施設周辺
|
面接、評価 身体防御、伝い歩き 誘導法(手引き) 感覚情報の利用、メンタルマップ)、環境把握 白杖操作 直線歩行、伝い歩き(白杖) |
中期 |
住宅街 繁華街 |
白杖操作 感覚情報の利用、メンタルマップ、環境把握 雨天時の歩行 公共交通機関利用(バス) |
終期 |
繁華街 駅周辺 自宅周辺 希望場所 |
公共交通機関利用(電車) 未知の場所(通行人への援助依頼等) 通勤・通学ルート等の必要な場所までの歩行 応用歩行(夜間時、薄暮時) |
当施設の歩行訓練は、視覚障害者が白杖を使用して単独で外出したり、バスや電車等を利用したりすることができるようになることを目標に実施している。訓練時間は1単位40分で1回につき1〜8単位、訓練回数は週2〜4回、訓練期間は概ね1年である。
初期・中期の段階で実施する基礎的な技術習得を目的とした訓練は、当施設の所定の場所で実施している。訓練のプログラムは、徐々に難易度が上がり、技術が積み重なるように設定されている。利用者個々の生活状況に応じた自宅周辺や通勤・通学ルート等の訓練は、原則として終期段階で実施している。
5.結果
歩行訓練対象者は、292名(98.3%)であった。当施設入所時に白杖を所有していた者は、140名(47.1%)、歩行訓練を経験していた者は、視覚特別支援学校(盲学校)等の卒業生を中心に31名(10.4%)いた。
歩行訓練の到達度を明らかにするため、訓練エリアをもとに、訓練対象者292名を表2に示した八つのstageに分類した。到達度は各stageの訓練エリアで単独歩行が可能であることを表す。
表2 歩行訓練の到達度
Stage |
訓練エリア |
stage1
|
生活エリア (宿舎の居室・食堂・トイレ・浴室等同一フロア) |
stage2
|
訓練室エリア (宿舎の訓練室・医務室等上下フロア) |
Stage3 |
病院エリア (併設の神奈川リハビリテーション病院) |
stage4 |
施設周辺エリア (中庭・外周路等屋外) |
stage5 |
住宅街エリア |
stage6 |
繁華街エリア |
stage7 |
バス利用 |
stage8 |
電車利用 |
図4に入所後1か月と退所時の到達度を示した。
入所後1か月では約90%の者がstage1〜3である。退所時では約70%の者がstage7〜8に達している。多くの者で歩行訓練による移動能力の向上がみられた。
図4 1か月と退所時の到達度 *「s」はstage
図5に、入所後1か月の到達度別に、退所時の到達度を示した。
入所後1か月でstage1だった者のうち、退所時にstage7〜8に到達できた者はいなかった。
図6に、年齢階級別の退所時到達度を示した。
年齢階級で比較すると、49歳以下でstage7〜8に到達した者の割合は70%を超えるのに対し、50歳以上でstage7〜8に到達した者の割合は50%を下回っていた。
図6 年齢階級別の退所時到達度
図7に、保有視力別の退所時到達度を示した。
保有視力で比較すると、全盲でstage7〜8に到達した者の割合は47.6%であったのに対し、両眼視力が0.02を超える者でstage7〜8に到達した者の割合は70%を上回っていた。
図7 保有視力別の退所時到達度
6.考察
中途視覚障害者の多くが、移動・外出に大きな困難を抱えているが、歩行訓練を受けることで多くの利用者が、その能力や年齢等に応じて単独歩行の可能な範囲を拡大することができた。歩行訓練は、視覚障害者のQOLの向上や社会参加の促進に大きな効果があると言える。
しかし、全ての利用者がバス・電車等の公共交通機関を利用して目的地へ単独で移動できるようになるわけではなく、15.8%の者は施設周辺の歩行が可能になった段階に留まった。従って、視覚障害者へのリハビリテーションでは、歩行訓練を提供するのと並行して同行援護や誘導ボランティア等、移動支援のサービスを紹介し、その利用に向けた動機付けを図ることも重要である。
その他に、今回の調査結果から以下の2点が指摘できる。
1)49歳以下の者に比べ、50歳以上でstage7〜8に到達した者の割合が20%以上低くなっており、加齢が単独歩行の阻害要因の一つになっている。
2)全盲者に比べ、両眼視力が0.02を超える者は、stage7〜8に到達した者の割合が20%以上高くなることから、保有視覚の活用は単独歩行で有利に働くといえる。
7.おわりに
今回の調査によって、加齢や保有視力が視覚障害者の歩行訓練到達度に影響を及ぼすことが明らかになった。しかし、視野については、それが到達度に大きな影響を及ぼすことが予想されるものの、訓練記録には比較可能な情報が十分記録されておらず、本稿では検討を加えることができなかった。今後の課題としたい。
参考文献
*1 村上琢磨, 小川朋子, 御旅屋肇, 青木成美:1995, 視覚障害者の歩行訓練ニーズの分析, 視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集, 170-173.
*2 小林知恵, 村上琢磨:1999, 社会的リハビリテーション−視覚障害者のライフスタイルと移動ニーズ−, 第8回視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集, 93-96.
*3 高田明子, 小林章, 久保明夫, 寺島彰, 中野泰志, 後藤隆, 佐藤久夫:2002, 中途視覚障害者における白杖携行の実態と意識−アンケート調査より−, 第11回視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集, 72-75.
*4 内野大介, 渡辺文治, 末田靖則:2006, 視覚障害者の移動に関する文献研究(1), 第7回日本ロービジョン学会学術総会, 第15回視覚障害リハビリテーション研究発表大会合同会議論文集, 144-147.
*5 加藤浩司, 大島歩, 佐藤陽子, 武重良太, 星野志織, 佐藤志保, 坂部司, 佐藤洋子:2011, 視覚障害者の外出歩行時における問題点−アンケート結果より−, 視覚リハビリテーション研究 第1巻 第1号, 62-66.
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最終更新日: 2015年8月10日(月)
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