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視覚障害者の「働く」を考える

−福祉施設で直面する課題とその解決法−

矢部健三(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

 

1.はじめに

 一般的に障害者の就労には困難が伴います。特に、文字処理と移動に大きな困難を抱える視覚障害者にとって、あはき師(あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゅう師)以外の職種で就労し続けることはまだまだ難しいのが現状です。

 本稿では、視覚障害ゆえに職場で直面する課題とその解決法を検討するために、中途視覚障害で福祉施設に勤務する筆者(以下「私」)の体験を紹介します。

 

2.障害について

 私の目が網膜剥離を発症したのは、小学2年の冬でした。入退院と手術を繰り返しましたが、小学4年の夏に左眼、中学1年の春に右眼を失明しました。現在は、視覚障害1級で、光覚もありません。

 中学1年の2学期から盲学校へ転校することになり、その準備として、夏休みの1ヶ月、現在の職場・七沢更生ライトホームに通って点字の読み書きを訓練しました。白杖を使っての歩行訓練は、盲学校に転校後、通学ルートを母親に教えてもらったのと、養護訓練(現在の「自立活動」)の授業で週に1度半年ほどの間教えてもらいました。

 高校は一般校の普通科に、大学は法政大学社会学部に進学しました。いずれも入学前には盲学校の先生にボランティアで23日通学ルートの歩行訓練をしていただきました。

 

3.就職活動について

 学生時代は、あまり熱心に勉強せず、友人と飲みに行ったり、スキーに行ったり、盲ろう者の通訳・介助ボランティアをしたり、と気ままに過ごし、これといって就職に向けた準備はしていませんでした。強いてあげれば、3年生の冬ごろから教員採用試験に向けた勉強を少しした程度でしょうか。

 大学4年の夏に教員と公務員の採用試験を受けましたが、あえなく不合格。周囲の友人はバブル景気に沸く中で続々と就職先を決めていましたが、私一人蚊帳の外、就職浪人という状態で大学の卒業式を迎えました。そんな時に、七沢更生ライトホームで視覚障害者の職員募集があるとの連絡を、盲学校の恩師と七沢更生ライトホームの職員からもらいました。教員採用試験を再受験しようと準備をしていたところだったので、少し悩みましたが、将来教員になるとしても職歴が邪魔になることはないだろうと、安易な気持ちでとりあえず採用試験を受け、就職することになりました。

 

4.課題と解決法

()指導に必要な知識・技能の習得

 七沢更生ライトホームは、視覚障害者を対象に、感覚訓練・歩行訓練・コミュニケーション訓練・日常生活動作訓練など総合的なリハビリテーション訓練を提供する施設で、私は点字やパソコン等コミュニケーション訓練の指導を担当することになりました。といっても視覚障害者のリハビリテーションに関する専門的な教育は受けておらず、3か月ほど諸先輩方からの所内研修をしてもらい、後はOJTといった感じで訓練の指導に当たりました。

 点字訓練については、私自身中途で点字を学んだ点字使用者ですので、自身の体験も踏まえながら指導に当たれましたが、苦労したのはパソコン訓練でした。学生時代にAOK点字日本語ワープロ*1を我流で使ってはいたものの、使いこなすというのには程遠い状態でしたし、MS-DOS*2についてはまったくわからない状態でした。手あたり次第点字の参考書を個人的に取り寄せ、通勤時間や帰宅後読み漁り、泥縄式に訓練に間に合わせるといった状態でした。

 Windowsへの移行や、インターネットの普及、スマホやタブレット端末の登場など、訓練内容も刻々と変化しているので、点字・録音の書籍やWebなどから積極的に情報を収集する他、必要に応じて対面朗読サービス*3なども利用して日々研鑽に努めています。

()墨字の処理

 OA化がかなり進んだ21世紀においても、各種回覧文書や伝票など、処理しなければならない墨字文書が多くあります。これらはもちろん私が独力で処理できるものではないので、周囲の援助を仰いでいます。具体的には、週に1時間、同僚が輪番で代読・代筆を担ってくれています。また、それ以外の時間にも、必要に応じて上司や同僚に目や手を借りています。

()LANとグループウェアの導入

 10年ほど前に私の職場でもイントラネットが構築され、それと同時にグループウェアが導入されることになりました。ソフトの選定に当たっては、その選定委員会のメンバーに入れてもらい、視覚障害のある職員が業務を遂行するためには、画面読み上げソフトに対応したグループウェアを導入する必要があることを積極的に主張しました。幸い、JAWS*4で対応可能なグループウェアがあったので、そのシステムを導入してもらいました。また、グループウェア以外で作成する報告書などの書式については、その多くを私がExcelWordで作成し、それを採用してもらうようにお願いしてきました。

()転居後の通勤

 私の職場は幸い転勤のないところですが、それでも就職後これまでに5回ほど転居しています。その都度新しい通勤ルートを覚えなければなりません。その内2回は、同僚にお願いして23度歩行訓練をしてもらいました。その他の3回は、妻と散歩がてら12度家の周辺を歩いて通勤ルートを覚えました。

()所外への出張

 基本的には施設内で訓練の指導に当たっていて、出張の多い職場ではありませんが、それでも年に45回関係機関へ出張することがあります。基本的には一人での出張ですので、単独で移動しています。既知の施設がほとんどですが、初めての場所への出張の場合には、事前に同僚に地図を見て最寄りの駅やバス停からの経路を口頭で教えてもらうようにしています。もちろん、同行者がいる場合には、その方に誘導をお願いしています。

()研究会や学会での発表

 仕事柄、年に2〜3度研究会などで発表を行うことがあります。その際、発表論文などの原稿は、テキスト部分のレイアウトまではできるだけ自力で行うようにし、グラフは、Excelに必要な数値を入れ、それをもとに同僚に作ってもらいます。これらを締め切りのおよそ2〜3週間前には作るようにし、その後複数の同僚に誤字脱字や内容のチェックをしてもらうようにしています。スライドなどは、PowerPointでテキストの入力や写真の貼り付けまでは自力で行い、最終的なレイアウトやデザインのチェックを同僚にお願いしています。これも1週間程度時間のゆとりを持って依頼するように心がけています。

()社会福祉士の資格取得

 職場にも慣れ、コミュニケーション訓練の指導も大きな問題なくこなせるようになってくると、利用者が社会復帰する過程にもっとかかわりたい、という気持ちが強くなってきました。そこで、78年目から毎年の移動希望調査で、相談業務も担当したいという希望を出し続けました。相談業務には福祉制度の知識が必須ですが、90年代末から2000年代初頭にかけて、社会福祉基礎構造改革として抜本的な制度改正が行われました。このような新しい福祉制度の知識を身に着けるために、社会福祉士の資格取得を目指すことにしました。4年制大学を卒業し、福祉施設での5年以上の実務経験がある者は、1年半程度の通信教育課程を修了すると、国家試験の受験資格を得られるとのことだったので、2001年春から受講しました。通信教育で使用する教科書類は、すべて朗読ボランティアの方々に録音していただき、年に15日間のスクーリングは、夏季休暇などで対応しました。2003年春には無事に国家試験に合格し、現在はコミュニケーション訓練の指導の他、相談業務も一部担当するようになっています。

 

5.おわりに

 私の職場は、視覚障害者を対象とした福祉施設ですので、上司や同僚には視覚障害に関する理解もあり、企業や官公庁などで一般就労されている方に比べると、とても恵まれた環境だといえます。そのため、今回の発表がどれだけ皆様のお役に立てたかわかりませんが、将来同種の福祉施設での就労を希望する視覚障害の方の参考になれば幸いです。

 最後になりましたが、今回このような発表の場をいただきましたことにつきまして、主催者並びに関係者の皆様にこの場を借りて厚くお礼申し上げます。

 

*1 高知システム開発製の視覚障害者用ワープロソフト

*2 198090年代初頭に主流だった米国マイクロソフト社製のパソコン用基本ソフト

*3 公共図書館などが提供する障害者サービスの一つで、朗読ボランティアなどが利用者(視覚障害者)が指定した資料を直接読むサービス

*4 米国Freedom Scientific社が開発、(有)エクストラが日本語環境にローカライズした画面読み上げソフト

 

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最終更新日: 2015810()

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