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視覚障害者のタッチスクリーン端末の利用訓練

〜幼少期からの視覚障害で空間理解に困難を抱える者への訓練事例〜

矢部健三(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

内野大介(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

小野正樹(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

末田靖則(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

鈴木絵理(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

山本真裕美(神奈川リハビリテーション病院心理科)              

 

 


1.はじめに

 近年、スマートフォンやタブレットなどタッチスクリーン端末の普及が著しい。渡辺らの報告では、視覚障害者も26.6%がスマートフォンを、14.5%がタブレットを利用している(渡辺,山口,南谷,20141)。しかし、視覚で画面を確認できない視覚障害者には、タッチスクリーン操作への不安が少なくない。特に、スクリーンキーボードでの文字入力は、視覚障害者にとって大きな障壁となりうる。

 七沢更生ライトホーム(以下「当施設」)では2013年春からiPod TouchiPad MiniiPadを使用してタッチスクリーン端末の操作訓練を開始した。本稿では、幼少期からの視覚障害で基本的な空間関係や用語の理解に困難を抱えるAさんに対して、当施設で実施したタッチスクリーン端末の操作訓練を報告する。

 

2. 事例

 表1Aさんのプロフィールを示した。

1 プロフィール

項目

内容

基本属性

20代男性 未熟児網膜症

両眼視力0 他に吃音あり

学習経験

盲学校高等部普通科中退

点字・PC既習

目的

社会性、適応性の向上をはかる

期間

2013年から2014年の13か月

3. 経過

(1) アセスメント

 表2にアセスメントの結果を示した。教科学習の得点は平均レベルにあるものの、触察による形態の把握や、空間関係の理解に困難がみられ、能力がアンバランスに発達していることが伺えた。

 

 

2 アセスメント結果

科目

評価

感覚

大小弁別:12.39

ブロックデザイン:実施不可

音定位:33/40

歩行

施設内必要場所への移動は可能になったが、平均値に比べ約5倍の回数を要した他、手がかりの確認が不十分で確実性に欠ける

空間移動は難しく、ほぼ常に壁伝いで移動

左右の判断が不確実なほか、地図構成、経路の記憶に困難あり

コミュニケーション

点字読速度156.00CPM(character per minute)

点字器(3)メ書き48ミス3502回目の「ホ」ミス2、短文1/5

学習テスト41.5/60(5.5/10、算11/19、理9/12、社16/19)

日常

リネン交換は、形を捉えることが難しく、常に助言が必要

心理

長谷川式簡易知能評価スケール19/30 日付、引き算、逆唱、語想起で失点、聴覚的な短期記銘は低下なし

大脇式盲人用知能検査素点35.4点 見本を触って、自ら作ることができなかった

※感覚訓練の評価項目で、「大小弁別」はコイン入れの課題、「ブロックデザイン」は見本を触察して同じ幾何図形を構成する課題、「音定位」は8方向からの音源定位の課題。

※コミュニケーション訓練の評価項目で、「学習テスト」は、小学〜高校程度の教科学習に関する検査。国・数・理・社、合計60点満点。

 

(2)使用機器・使用アプリ

 表3に訓練環境として、使用機器と使用アプリを示した。iPod TouchiPad Miniなどの基本ソフトiOSに標準搭載されているアクセシビリティ機能のVoiceOver(画面読み上げ)を有効にして捜査した。

 

3 タッチスクリーン端末の訓練環境

使用機器

iPod Touch5世代

iPad Mini

使用アプリ

ニュース:日本のNews

音声アシスタント:Siri

動画再生:YouTube

画像認識:TapTapSee

ブラウザ:Safari

エディタ:メモ

メール:Mail

 

(3) 訓練内容

 表4に訓練の内容、回数などを示した。携帯電話をiPhoneに機種変更したいとの希望で、タッチスクリーン端末の操作訓練を開始し、5か月間に計36回の訓練を実施した。

 iPhone導入前訓練として当施設所有のiPod Touchで訓練を開始したが、家族と共用する目的でiPad Miniを購入したため、10回目からはAさん所有のiPad Miniを使用して訓練を実施した。

 

 

4 訓練の内容、回数等

内容

回数

新出ジェスチャー

各部名称の確認

起動と終了

2

タッチ

左右フリック

ダブルタップ

起動と終了

の復習

ホーム画面の説明

5

2本指の上下フリック

2本指のタッチ

「日本のNews

の操作

3

スクラブ

Siri」の操作

(天気・時間の確認、

アラーム・タイマーの

設定など)

2

 

YouTube」の操作

3

 

アプリのダウンロード

TapTapSee」の操作

2

 

アプリのダウンロード

Radikker」の操作

4

 

Siri」の操作

(メールの送信)

1

 

Safari」でWeb閲覧

5

ローター操作

1本指の上下フリック

「メモ」で単語入力

(仮名キーボード)

8

 

Safari」でWeb閲覧

1

 

 

4. 訓練結果

 起動と終了やホーム画面の説明では、

上下や手前・奥などの用語が理解できず、画面上の指示された位置に指を動かせなかったほか、アイコンの配置を記憶できず、タッチ操作では目的のアイコンやボタンを効率よく探すことができなかった。三浦らは、タッチスクリーン上のアイコンやボタンは、フリック選択後にダブルタップする場合で探索時間が最短になることを報告している(三浦,ムルタダ,松坂,坂尻,巽,小野,20132)。そこで、Aさんに対しても左右フリック操作で探索するように指導したところ、確実にアイコンやボタンを探索できるようになった。

 松坂は、ジェスチャー操作の指導では、視覚障害者の手のひらに支援者が指の動きを提示する方法を推奨している(松坂,20133)が、Aさんへのジェスチャー操作の指導では、手のひらに支援者がダブルタップしてその速度を説明した他、支援者の手をAさんに触ってもらい指の動きを確認させた。

 ジェスチャー操作では、タッチの際、強く押し過ぎてしまう他、左右フリックがタッチ&フリックに、上下フリックがタッチになってしまうミスが目立った。また、写真1のように、タッチスクリーン端末に対してジェスチャー操作する右手が斜めになってしまうため、上下フリックが左右フリックに、左右フリックが上下フリックに誤認識されるミスも多かった。

 

左手でiPod Touchを持ち、右手で操作している写真

写真1 タッチスクリーン端末操作時の手の傾き

 音声認識パーソナルアシスタントアプリ「Siri」の操作では、吃音はあるものの、天気予報の確認や、アラームやタイマーの設定など基本機能の操作は音声入力で可能だった。

 しかし、App Storeでのアプリ検索やブラウザソフト「Safari」でのWeb検索では、当初スクリーンキーボードからの文字入力が困難だったため、音声入力を導入したものの、吃音が強く十分な認識結果を得られなかった。

 そこで、スクリーンキーボードからの文字入力を再導入し、メモアプリで文字入力を反復練習した。右手人差し指でスクリーンキーボード上をなぞった上でダブルタップする際に、写真2のように、親指をiPad Miniの下部に常に添わせて左右に手を動かすよう助言し徹底させたところ、入力速度が向上し誤入力も減少した。

 

左手でiPad Miniを持ち、右手の親指で端末下部を確認しながら、人差し指でスクリーンキーボードを捜査している写真

写真2 スクリーンキーボード入力時の親指の位置

 

5. 考察

 左右・上下・手前奥など基本的な空間用語と画面上での動作の関係が十分理解できない他、触察による形態の把握が困難で、タッチスクリーン端末の操作法習得には時間を要したが、以下のような工夫で改善がみられた。

1)ジェスチャー操作の指導では、支援者の手を触ってもらい指の動きを確認させる。

2)ダブルタップの速度は、本人の手のひらに支援者がダブルタップして説明する。

3)アイテムの選択/実行は、左右フリックで選択し、ダブルタップで実行する。

4)文字入力は、ジェスチャー操作する右手の親指をタッチスクリーン端末下部に常に添わせ、スクリーンキーボード上をタッチする人差し指とともに左右に動かす。このとき親指と人差し指の距離が一定に保たれるよう注意する。

 このような操作法や指導法は、本稿で報告した事例だけでなく、他の多くの視覚障害者へのタッチスクリーン端末の指導でも有効と思われる。

 

6.おわりに

 物理的な手掛かりの少ないタッチスクリーン端末の操作は、視覚で画面を確認できない視覚障害者にとって難しい側面が少なくない。しかし、本稿で報告した事例のように、わずかな工夫でスクリーンキーボードからの文字入力などタッチスクリーン端末の操作に改善がみられることがある。本稿で紹介した工夫をまとめると、以下の4点である。

1)ジェスチャーは、支援者の手の動きを触察させて提示する。

2)ダブルタップの速度は、手のひらに支援者がダブルタップして提示する。

3)アイテムの選択/実行は、フリック&ダブルタップを推奨する。

4)文字入力は、親指を端末下部に常に添わせ、人差し指とともに左右に動かす。

 スマートフォンやタブレットなどの普及率は今後も上昇が予想され、視覚障害者の多くがその使用に高い関心を持っている。このような状況を踏まえ、今後とも視覚障害者への効果的なタッチスクリーン端末の指導法を検討していきたい。

 

謝辞

 本稿を執筆するに当たって、対象事例のAさんには協力を快諾していただいた。その他にも多くの方々のご指導・ご支援・ご協力をいただいた。この場を借りて心より感謝申し上げる。

 

 

文献

1) 渡辺哲也, 山口俊光, 南谷和範:2014 視覚障害者のICT機器利用状況調査2013, 23回視覚障害リハビリテーション研究発表大会抄録集.

2) 三浦貴大, ムルタダ・エルジャイラニ, 松坂治男, 坂尻正次, 巽久行, 小野束:2013 視覚障害者におけるタッチスクリーン端末の利用および操作に関する調査, 22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会抄録集.

3) 松坂治男:2013 視覚障害者のタッチスクリーン端末の利用とユーザインタフェースに関する研究, 筑波技術大学修士(工学)学位論文.

 

 

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最終更新日: 2015810()

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