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盲ろう者のリハビリテーション

−先天性聴覚障害の盲ろう者への点字訓練事例−

矢部 健三(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

渡辺 文治(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

喜多井省次(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

内野 大介(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

角石 咲子(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

 


1.はじめに

 視覚と聴覚からの情報入手に制約を受ける盲ろう者にとって、点字は極めて重要なコミュニケーション手段の一つである。しかし、中途盲ろう者が点字を習得するには様々な困難が予想される。

 本稿では、七沢更生ライトホーム(以下「当施設」)で実施した先天性聴覚障害の中途盲ろう者(以下「盲ろう者」)への点字訓練について、二つの事例を報告し、盲ろう者が点字を習得する際の課題を明らかにしたい。

 

2.先天性聴覚障害者の読み書き能力

 先天性聴覚障害者は、日本語の読み書き能力習得に様々な困難を抱えている。

 基礎的読み書き能力の習得には、音韻分析能力の形成・発達が重要であると指摘されている(長南,斉藤,2007)1)。しかし、聴覚から音声を聞けない先天性聴覚障害児は、音韻意識の獲得に大きな障害を抱えている。

 また、先天性聴覚障害者の多くが使用する日本手話は日本語の文法構造とは全く異なる言語規制を有しているため、そのまま文字化しても一般的な日本語文章にはなりにくい(上濃,2007)2)

 先天性聴覚障害児の文理解能力は普通小学校3年生のレベルで停滞する傾向があり、文法的な知識の不足から、自分の経験や単語の意味を手がかりに文を解釈する傾向が強く、文脈を把握したり、前後関係から言葉を類推したりする能力に問題を抱え、高等部になっても4割強の生徒は統語構造を獲得できていない(我妻,2000)3)

 このような日本語読み書き能力の制約の中で、盲ろう者は点字を学習しなければならない。

 

3.事例のプロフィール

 表1に事例Aのプロフィールを、表2に事例Bのプロフィールを示した。

1 事例Aのプロフィール

基本属性

40代、女性、網膜色素変性症、視覚1級、聴覚2級。視力:右0.030.03。中心性視野狭窄あり。

コミュニケーション手段

受信…手話、サインペン使用による3cm角の文字で筆談

発信…手話、サインペン使用による3cm角の文字で筆談

点字学習経験

ボランティアから50音の紹介を受けた程度

訓練希望

点字触読技術の習熟(読速度の向上など)

訓練期間

20052月〜20063月の14か月に54回実施。

    photo3

   写真1 携帯用ホワイトボード

2 事例Bのプロフィール

基本属性

30代、男性、網膜色素変性症、視覚2級、聴覚2級。視力:右0.20.04。視野中心5度のみ。

コミュニケーション手段

受信…口話法、手話、サインペン使用による3cm角の文字で筆談

発信…手話、サインペン使用による3cm角の文字で筆談、単語程度の発話

点字学習経験

未習

訓練希望

点字と指点字の習得を希望

訓練期間

20077月〜20083月と、200911月〜20106月の計16か月に153回実施。

 

4.支援経過

(1) 訓練プログラム

 表3に当施設の一般的な点字読み訓練の流れを示した。

3 当施設の一般的な点字訓練の流れ

段階

内容

評価

普通文字の書き
触知覚テスト
学習テスト(国語・算数・理科・社会)

初期

点構成の学習
点辿り
清音・長促音・濁音・拗音・数字の学習
1
行程度の短文読み

中期

1ページ程度の短編読み
※点字器での書き導入
記号・アルファベット・特殊音の学習
2
4ページ程度の短編読み

終期

5ページ以上の短編読み
※点字タイプライターでの書き導入
点字雑誌、辞書、英語点字などの紹介

※訓練前評価の「普通文字の書き」は、50音・数字・アルファベットの書き、仮名のみの短文書き・漢字交じりの短文書きなど。

※訓練前評価の「触知覚テスト」は、点字による触察検査。11問で、見本項、選択項4の計5コの点字をそれぞれ2マスあけで配置。4コの選択項の何番目が見本項と同じものであるかを答えてもらう。20問で各問につき、第1試行で正答なら2点、再試行で正答なら1点。計40点満点。

※訓練前評価の「学習テスト」は、小学〜高校程度の教科学習に関する検査。国・数・理・社、計60点満点。

    photo1

    写真2 触知覚テスト

   photo2

     写真3 点字学習具

 

 訓練前評価では、日本語表記の知識や触知覚の状況、基礎的な学力などを評価している。若年者で触知覚テストと学習テストの得点が高い者を除き、原則として点字読み訓練の導入前に、点字学習具を使用した点構成の学習から訓練を開始している。点字読みテキストは、中期段階まで、点字プリンターETで印刷した国際サイズ点字(吉田・澤田・正井,2002)4)のものを使用し、標準の日本サイズ点字(木塚,1981-1982)5)には終期段階で移行することを原則としている。なお、初期段階での運指については、指の上下動を積極的に行う読み方(澤田・原田,2004)6)を基本に指導している。

 

(2) 配慮事項

 盲ろう者への点字訓練を実施する上で、下記のような配慮を行った。

・訓練は、原則11で対応。

・コミュニケーションは携帯用ホワイトボードでの筆談を中心に50音式指文字、簡単な触手話も使用。

・必要時には拡大文字の資料も用意。

(3) 支援経過

 表4に事例Aの支援経過を、表5に事例Bの支援経過を示した。

4 事例Aの支援経過

段階

内容

初期

 初期評価(普通文字の書き)

 清音・長促音・濁音の単語・短文読み

中期

 清音・濁音・拗音・数字を含む短文読み

終期

 点字タイプライターでの短文書き

 指点字

5 事例Bの支援経過

段階

内容

初期

 初期評価(普通文字の書き・触知覚テスト)

 清音・長促音・濁音の単語・短文読み

中期

 清音・濁音・拗音・数字を含む短文読み 

点字タイプライターでの短文書き

 指点字

終期

 200600字程度の短編読み

 点字器での短文書き

   photo4

      写真4 指点字

 

5.結果と考察

(1) 点字触読訓練結果の5段階評価

 当施設では、点字読み訓練の対象者を、終了時の到達度によって、以下の5段階で評価している。

6 点字読み能力の5段階評価

段階

内容

A 10分未満

読速度が32マス18行で1ページ10分未満に到達した者

B 1030分未満

読速度が32マス18行で1ページ1030分未満に到達した者

C 30分以上

読速度が32マス18行で1ページ30分以上に到達した者

D 紹介程度

訓練が清音・濁音・拗音などの単語読みで終了した者

E 構成のみ

訓練が50音などの構成学習のみで終了した者

(2) 訓練結果

事例A

 評価:D 紹介程度(清音〜数字の触読)

 初期評価では特に問題は見られなかった。読みでは清音から数字の短文読みが可能になったが、以下のような問題点がみられた。

・触読時の姿勢が悪い

・濁音や拗音の誤読が目立つ

・触読に時間がかかる

 指点字では速度は遅いものの、簡単な会話は可能になった。書きでは、鏡映文字のミスや、濁音・拗音の表記に混乱があった。

 

事例B

 評価:C 30分以上(10文字以下/分)

 初期評価では、漢字に読み仮名をふれないものがいくつかみられた。読みでは600字程度の短編読みが可能だが、意味の理解に困難があった。書きでは、鏡映文字のミスが多数あった。指点字では速度は遅いものの、簡単な会話は可能になった。

 (3) 考察

 訓練場面では、携帯用ホワイトボードや指文字を使用することで支援者と盲ろう者との間のコミュニケーションは取れたものの、指示や助言を与える際に触読していた文字から一旦指を外さなければならないことが多くあり、視覚障害者への指導に比べ、効果的な指示・助言を与えにくかった。

 両事例とも音声言語の学習経験がなく、表音文字による文意の理解には限界がみられた。盲ろう者が読書や学習手段として点字触読技術を習得することは、非常に困難と言える。だが、両事例とも短文程度の読みや、指点字での会話は可能になっており、メモやラベリングなど限定的な用途であれば十分日常生活の中で点字の読み書き技術を活用することは可能であると言える。

 したがって、盲ろう者への点字訓練では、先天性聴覚障害者が読み書き能力の習得に困難を抱えていることを十分踏まえ、個々のニーズや能力に即して目標を設定することが肝要である。

 

6.おわりに

 今回報告した二つの事例のように、盲ろう者の点字習得には、先天性聴覚障害による日本語読み書き能力の制約から、大きな困難があり、その訓練結果も読書や学習手段に到達することは非常に難しい。しかし、視覚と聴覚からの情報入手に制約を受ける盲ろう者にとって、点字は極めて重要なコミュニケーション手段の一つである。パソコンでWebやメールなどを使用する際も、点字ディスプレイに表示される点字を触読することが求められる。また、指点字などのように話し言葉を伝える手段としても有用である。

 このように、盲ろう者にとって点字は、視覚障害者にとってのそれよりも、コミュニケーション手段の中で極めて重要な位置を占めている。このような意義を踏まえ、今後とも盲ろう者への効果的な点字指導法を検討していきたい。

 

謝辞

 本稿を執筆するに当たって、対象事例には協力を快諾していただいた。この場を借りて心より感謝申し上げる。

 

文献

1) 長南浩人・斉藤佐和(2007)人工内耳を装用した聴覚障害児の音韻意識の発達 特殊教育学研究,445),283290

2) 上濃正剛(2007)聴覚障害児の言語獲得における多言語状況.Core EthicsVol.34358

3) 我妻敏博(2000)聴覚障害児の文理解能力に関する研究の動向 特殊教育学研究,381),8590

4) 吉田道広、澤田真弓、正井隆晶(2002):中途失明者の点字指導に関する研究(U)−カリフォルニアサイズ点字と国際サイズ点字の触読の違いについての検証−,40回日本特殊教育学会発表論文集,P298,日本特殊教育学会.

5) 木塚泰弘(1981-1982):点字科学散歩,交流誌かけはし,No.113-126, 神奈川県ライトセンター.

6)澤田真弓、原田良實(2004):中途視覚障害者への点字触読指導マニュアル,読書工房.

 

 

 

 

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最終更新日: 2014218()

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