矢部 健三(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)
渡辺 文治(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)
喜多井省次(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)
内野 大介(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)
角石 咲子(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)
1.はじめに
中途視覚障害者には、点字触読の習得に大きな困難を抱えるケースが少なくない。筆者らはこれまでに以下の報告を行った。
第1回調査:50代以降の中途視覚障害者は点字触読の習得が著しく困難になる(矢部・渡辺・末田・喜多井・内野,2007)1)
第2回調査:糖尿病に伴う認知機能障害が、点字触読の習得に何らかの影響を及ぼしているものと推測される(矢部・渡辺・喜多井・内野・角石,2012)2)
第3回調査:高齢中途視覚障害者の点字触読訓練では単語・短文読み程度の技能習得が妥当な目標である(矢部・渡辺・喜多井・内野・角石,2013)3)
今回の報告では、七沢更生ライトホームで点字読み訓練を実施した者のうち、30歳未満の若年中途視覚障害者を中心に報告し、点字触読技術習得の阻害要因を検討したい。
2.方法
調査対象:1991〜2012年度の当施設利用者505名(入所360名、通所145名)
調査方法:訓練記録の参照、訓練担当者などへの聞き取り
調査内容:基本属性、触知覚の状況、点字読み訓練の結果等
実施時期:2013年1〜2月
3.訓練対象者の状況
点字読み訓練を実施した者は、280名である。30歳未満の者(「30歳未満」)は31名(11.1%)、30歳以上の者(「その他」)は249名(88.9%)である。図1に点字読み訓練対象者の年齢構成を示した。50〜59歳が29.6%と最も多く、30〜39歳が22.9%で続く。
図1 年齢構成(単位:%)
図2〜図4には、障害原因、障害等級、利用期間を、「30歳未満」と「その他」に分けて示した。障害原因は、30歳未満では中枢性疾患が19.4%と最も多く、外傷が16.1%で続く。一方、その他では糖尿病網膜症が29.3%と最も多く、網膜色素変性症が25.3%で続く。障害等級は、いずれも1級が最も多く、2級がそれに続く。30歳未満では1級の割合が64.5%とその他の1級の割合に比べて低い。利用期間は、30歳未満では7〜9ヶ月から16〜18ヶ月が22.6%ずつである。一方、その他では10〜12ヶ月が25.3%と最も多く、13〜15ヶ月が22.1%で続く。
図2 障害原因(単位:%)
図3 障害等級(単位:%)
図4 利用期間(単位:%)
4.訓練内容
表1に点字読み訓練の流れを示した。
訓練前評価では、日本語表記の知識や触知覚の状況、基礎的な学力などを評価している。若年者で触知覚テストと学習テストの得点が高い者を除き、原則として点字読み訓練の導入前に、点字学習具を使用した点構成の学習から訓練を開始している。点字読みテキストは、中期段階まで、点字プリンターETで印刷した国際サイズ点字(吉田・澤田・正井,2002)4)のものを使用し、標準の日本サイズ点字(木塚,1981-1982)5)には終期段階で移行することを原則としている。なお、初期段階での運指については、指の上下動を積極的に行う読み方(澤田・原田,2004)6)を基本に指導している。
表1 当施設での点字訓練の流れ
段階 |
内容 |
評価 |
普通文字の書き |
初期 |
点構成の学習 |
中期 |
1ページ程度の短編読み |
終期 |
5ページ以上の短編読み |
※訓練前評価の「普通文字の書き」は、50音・数字・アルファベットの書き、かなのみの短文書き・漢字交じりの短文書きなど。
※訓練前評価の「触知覚テスト」は、点字による触察検査。1行1問で、見本項、選択項4の計5コの点字をそれぞれ2マスあけで配置。4コの選択項の何番目が見本項と同じものであるかを答えてもらう。20問で各問につき、第1試行で正答なら2点、再試行で正答なら1点。計40点満点。
※訓練前評価の「学習テスト」は、小学〜高校程度の教科学習に関する検査。国・数・理・社、計60点満点。
5.結果と考察
(1)訓練前評価
図5に触知覚テストの結果を、図6に学習テストの結果を示した。
触知覚テストは246名に実施した。30歳未満では最も得点の高いグループ(36〜40点)の者が76.9%を占めたのに対し、その他では31.8%にとどまった。
図5 触知覚テスト結果(単位:%)
学習テストは197名に実施した。30歳未満、その他で学習テストの得点に大きな差は見られなかった。
図6 学習テスト結果(単位:%)
(2)訓練結果
点字読み訓練終了時の到達度によって、表2に示した5段階で訓練の対象者を評価した。
表2 点字触読訓練結果の5段階評価
段階 |
内容 |
A 10分未満 |
読速度が32マス18行で1ページ10分未満に到達した者 |
B 10〜30分未満 |
読速度が32マス18行で1ページ10〜30分未満に到達した者 |
C 30分以上 |
読速度が32マス18行で1ページ30分以上に到達した者 |
D 紹介程度 |
訓練が清音・濁音・拗音などの単語読みで終了した者 |
E 構成のみ |
訓練が50音などの構成学習のみで終了した者 |
図7に点字読み訓練結果を示した。
点字読速度が10分未満に到達した者は、30歳未満で45.2%であったが、その他では8.8%にとどまった。一方、その他で紹介程度や構成のみで終了した者は57.4%に上ったが、30歳未満では19.4%にとどまった。
図7 点字読み訓練の結果(単位:%)
(3)30歳未満の訓練前評価と訓練結果
図8〜図10は、触知覚テスト、学習テスト、障害原因を、30歳未満で点字読速度が10分未満に到達した者と、紹介程度や構成学習の段階で終了した者とに分けて示した。
図10 30歳未満の障害原因(単位:%)
30歳未満で点字読速度が10分未満に到達した者と、紹介程度や構成学習の段階で終了した者を比較すると、以下のような傾向がみられた。
1)後者は、触知覚テストと学習テストの得点が低い。
2)後者は、障害原因で中枢性(脳腫瘍や脳血管障害など)の割合が高い。
これらの結果から、30歳未満で、触知覚に障害がみられる者や、中枢性疾患等で高次脳機能障害の疑われる者などに点字読み訓練を実施する際には、単語・短文読みが可能になる段階に留まる、あるいは構成学習の段階で終了となることを念頭に置いて訓練を実施することが肝要である。
6.おわりに
中途視覚障害者の中でも30歳未満の者が、読書手段としての触読技術を習得することは、比較的容易なことである。しかし、30歳未満でも、触知覚に障害がみられる者や、中枢性疾患等で高次脳機能障害の疑われる者などの場合、読書手段としての触読技術の習得は、非常に困難であることが改めて確認できた。これらの者への触読訓練を実施するには、以下の点に留意することが肝要である。
1)訓練目標を、単語や短文の読みなど基礎的な触読技術の習得に設定する
2)点字学習を、生涯学習の一つと捉え、「点字を学ぶ」という行為そのものを目的とする
3)点字学習の場を社会参加の一つとして理解する
文献
1) 矢部健三、渡辺文治、末田靖則、喜多井省次、内野大介(2007):中途視覚障害者の点字触読習得を阻むものはなにか? −生活訓練施設における点字読み訓練の結果から−,第16回視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集,p111-114,視覚障害リハビリテーション協会.
2) 矢部健三、渡辺文治、喜多井省次、内野大介、角石咲子(2012):中途視覚障害者の点字触読習得を阻むものはなにか? −糖尿病視覚障害者とその他の視覚障害者の比較から−,視覚リハビリテーション研究第1巻第2号,p120-123,視覚障害リハビリテーション協会.
3) 矢部健三、渡辺文治、喜多井省次、内野大介、角石咲子(2013):中途視覚障害者の点字触読習得を阻むものはなにか? −高齢視覚障害者への点字触読訓練−,視覚リハビリテーション研究第2巻第2号,p54-57,視覚障害リハビリテーション協会.
4) 吉田道広、澤田真弓、正井隆晶(2002):中途失明者の点字指導に関する研究(U)−カリフォルニアサイズ点字と国際サイズ点字の触読の違いについての検証−,第40回日本特殊教育学会発表論文集,P298,日本特殊教育学会.
5) 木塚泰弘(1981-1982):点字科学散歩,交流誌かけはし,No.113-126, 神奈川県ライトセンター.
6)澤田真弓、原田良實(2004):中途視覚障害者への点字触読指導マニュアル,読書工房.
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最終更新日: 2014年2月18日(火)
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