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中途視覚障害者の点字触読習得を阻むものはなにか?

−高齢視覚障害者への点字触読訓練−

矢部 健三(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

渡辺 文治(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

喜多井省次(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

内野 大介(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

角石 咲子(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

 

1.はじめに

 中途視覚障害者には、点字触読の習得に大きな困難を抱えるケースが少なくない。筆者らは第1回調査で、50代以降の中途視覚障害者において点字触読の習得が著しく困難になることを報告し(1)、第2回調査では、糖尿病に伴う認知機能障害が、点字触読の習得に何らかの影響を及ぼしているものと推測されることを報告した(2)

 今回の調査では、高齢中途視覚障害者に点字触読訓練を実施する際に、どのような目標を設定すればよいかを検討するために、七沢更生ライトホーム(以下「当施設」)で実施した点字読み訓練の結果について、65歳以上の高齢中途視覚障害者(「高齢層」)39歳以下の中途視覚障害者(「若年層」)40歳以上〜64歳以下の中途視覚障害者(「中年層」)を比較して報告する。

 

2.方法

調査対象:1991年度〜2011年度の当施設利用者478(入所350、通所128)

調査方法:訓練記録の参照、訓練担当者などへの聞き取り

調査内容:基本属性、触知覚の状況、点字読み訓練の結果等

 

3.訓練対象者の状況

 点字読み訓練を実施した者は、261名で全体の54.6%である。表1に点字読み訓練対象者の年齢構成を示した。5559歳が17.2%と最も多く、3539歳が13.8%で続いた。

 表2〜表4には、障害原因、障害等級、利用期間を、若年層、中年層、高齢層に分けて示した。障害原因は、若年層と中年層では糖尿病網膜症がそれぞれ27.1%29.7%と最も多い一方、高齢層では緑内障と網膜色素変性が27.8%で最も多い。障害等級はいずれの年齢層でも1級が最も多い。しかし、若年層と中年層では70%を超えるのに対し、高齢層では50.0%にとどまった。利用期間は、若年層と高齢層で1012ヶ月が最も多く、中年層では1315ヶ月が最も多い。

 

 

1 年齢構成(単位:人)

 

19

2024

2529

3034

3539

4044

4549

5054

5559

6064

6569

70

4

2

11

16

27

22

23

22

31

16

9

3

186

2

4

5

5

9

5

5

13

14

7

3

3

75

6

6

16

21

36

27

28

35

45

23

12

6

261

2.3

2.3

6.1

8.1

13.8

10.4

10.7

13.4

17.2

8.8

4.6

2.3

100.0

2 障害原因(単位:人)

 

外傷

ベー

糖尿

全身

中枢

色変

レー

先天

神経

緑内

剥離

疾患

不明

9

5

23

2

11

9

4

6

1

4

5

1

1

4

85

10.6

5.9

27.1

2.4

12.9

10.6

4.7

7.1

1.2

4.7

5.9

1.2

1.2

4.7

100.0

4

3

47

2

12

44

4

7

5

12

5

9

0

4

158

2.5

1.9

29.7

1.3

7.6

27.8

2.5

4.4

3.2

7.6

3.2

5.7

0.0

2.5

100.0

0

0

4

0

0

5

0

0

1

5

1

2

0

0

18

0.0

0.0

22.2

0.0

0.0

27.8

0.0

0.0

5.6

27.8

5.6

11.1

0.0

0.0

100.0

※表2〜表9の「若」は若年層、「中」は中年層、「高」は高齢層を表す。

※表2中の「ベー」はベーチェット病、「糖尿」は糖尿病網膜症、「全身」は多発性硬化症などの他の全身性疾患、「中枢」は脳血管障害や脳腫瘍などの中枢性疾患、「色変」は網膜色素変性、「レー」はレーベル病、「先天」は他の先天素因、「神経」は視神経症や視神経萎縮など、「緑内」は緑内障、「剥離」は網膜剥離、「疾患」は他の疾患、「他」はその他を表す。

 

3 障害等級(単位:人)

 

1

2

3

4

5

6

不明

60

21

2

1

1

0

0

85

70.6

24.7

2.4

1.2

1.2

0.0

0.0

100.0

115

33

6

2

2

0

0

158

72.8

20.9

3.8

1.3

1.3

0.0

0.0

100.0

9

8

1

0

0

0

0

18

50.0

44.4

5.6

0.0

0.0

0.0

0.0

100.0

 

4 利用期間(単位:人)

 

13ヶ月

46ヶ月

79ヶ月

1012ヶ月

1315ヶ月

1618ヶ月

19ヶ月〜

2

3

19

22

15

15

9

85

2.4

3.5

22.4

25.9

17.6

17.6

10.6

100.0

3

14

18

36

38

31

18

158

1.9

8.9

11.4

22.8

24.1

19.6

11.4

100.0

1

0

4

6

3

1

3

18

5.6

0.0

22.2

33.3

16.7

5.6

16.7

100.0


 

4.訓練内容

 表5に点字読み訓練の流れを示した。

 訓練前評価では、日本語表記の知識や触知覚の状況、基礎的な学力などを評価している。若年者で触知覚テストと学習テストの得点が高い者を除き、原則として点字読み訓練の導入前に、点字学習具を使用した点構成の学習から訓練を開始している。点字読みテキストは、中期段階まで、点字プリンターETで印刷した国際サイズ点字(4)のものを使用し、標準の日本サイズ点字(5)には終期段階で移行することを原則としている。なお、初期段階での運指については、指の上下動を積極的に行う読み方(6)を基本に指導している。

5 当施設での点字訓練の流れ

段階

内容

評価

普通文字の書き

触知覚テスト

学習テスト(国語・算数・理科・社会)

初期

点構成の学習

点辿り

清音・長促音・濁音・拗音・数字の学習

1行程度の短文読み

中期

1ページ程度の短編読み

※点字器での書き導入

記号・アルファベット・特殊音の学習

2〜4ページ程度の短編読み

終期

5ページ以上の短編読み

※点字タイプライターでの書き導入

点字雑誌、辞書、英語点字などの紹介

※訓練前評価の「普通文字の書き」は、50音・数字・アルファベットの書き、かなのみの短文書き・漢字交じりの短文書きなど。

※訓練前評価の「触知覚テスト」は、点字による触察検査(3)11問で、見本項、選択項4の計5コの点字をそれぞれ2マスあけで配置。4コの選択項の何番目が見本項と同じものであるかを答えてもらう。20問で各問につき、第1試行で正答なら2点、再試行で正答なら1点。計40点満点。

※訓練前評価の「学習テスト」は、小学〜高校程度の教科学習に関する検査。国・数・理・社、計60点満点。

 

5.結果と考察

(1)訓練前評価

 表6に触知覚テストの結果を、表7に学習テストの結果を示した。 触知覚テストは228名に実施した。若年層では最も得点の高いグループ(3640)の者が59.7%で最も多く、中年層では3135点の者が41.5%で最も多かった。これに対し、高齢層では2125点の者が31.3%で最も多く、加齢による触知覚の鈍麻の影響がうかがえる。

 

6 触知覚テスト結果(単位:人)

 

20

2125

2630

3135

3640

2

4

6

19

46

77

2.6

5.2

7.8

24.7

59.7

100.0

7

11

29

56

32

135

5.2

8.1

21.5

41.5

23.7

100.0

0

5

4

4

3

16

0.0

31.3

25.0

25.0

18.8

100.0

 

7 学習テスト結果(単位:人)

 

20

2130

3140

4150

5160

7

16

20

20

10

73

9.6

21.9

27.4

27.4

13.7

100.0

8

25

31

29

12

105

7.6

23.8

29.5

27.6

11.4

100.0

0

2

0

2

2

6

0.0

33.3

0.0

33.3

33.3

100.0

 

  学習テストは184名に実施した。高齢層、若年層、中年層で学習テストの得点に大きな差は見られなかった。

 

8 点字触読訓練結果の5段階評価

段階

内容

A 10分未満

読速度が32マス18行で1ページ10分未満に到達した者

B 1030分未満

 読速度が32マス18行で1ページ1030分未満に到達した者

C 30分以上

読速度が32マス18行で1ページ30分以上に到達した者

D 紹介程度

訓練が清音・濁音・拗音などの単語読みで終了した者

E 構成のみ

訓練が50音などの構成学習のみで終了した者

 

(2)訓練結果

 点字読み訓練終了時の到達度によって、表8に示した5段階で訓練の対象者を評価した。

 表9に点字読み訓練結果を示した。

 点字読速度が「10分未満」に到達した者は、若年層で22.4%(19)、中年層で7.6%(12)であったが、高齢層では一人もいなかった。

 一方、高齢層で「紹介程度」や「構成のみ」で終了した者は83.3%(15)に上った。若年層では31.8%(27)、中年層では64.6%(102)にとどまったのに比べると、その割合は高かった。

 

9 点字読み訓練の結果(単位:人)

 

A

B

C

D

E

19

22

17

14

13

85

22.4

25.9

20.0

16.5

15.3

100.0

12

11

33

74

28

158

7.6

7.0

20.9

46.8

17.7

100.0

0

1

2

9

6

18

0.0

5.6

11.1

50.0

33.3

100.0

 

 この結果から、以下の2点を指摘したい。

1)65歳以上の中途視覚障害者が、1年前後の訓練期間で、読書手段としての点字触読技術を習得することは極めて難しい

2)点構成を理解したり、基礎的な点字触読技術を習得したりすることは、65歳以上の中途視覚障害者にも可能な者が多い

 

6.おわりに

 当施設での点字触読訓練の結果をまとめ、65歳以上の中途視覚障害者が、読書手段としての触読技術を習得することは、非常に困難なことが改めて確認できた。一方で、点構成を理解したり、基礎的な触読技術を習得したりすることは、十分可能な者が多い。したがって、これらの者への触読訓練を実施するには、以下の点に留意することが肝要である。

1)訓練目標を、単語や短文の読みなど基礎的な触読技術の習得に設定する

2)点字学習を、生涯学習の一つと捉え、「点字を学ぶ」という行為を目的とする

3)点字学習の場を社会参加の一つとして理解する

 

《参考文献》

1) 矢部健三、渡辺文治、末田靖則、喜多井省次、内野大介(2007):中途視覚障害者の点字触読習得を阻むものはなにか? −生活訓練施設における点字読み訓練の結果から−,第16回視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集,p111-114,視覚障害リハビリテーション協会.

2) 矢部健三、渡辺文治、喜多井省次、内野大介、角石咲子(2012):中途視覚障害者の点字触読習得を阻むものはなにか? −糖尿病視覚障害者とその他の視覚障害者の比較から−,視覚リハビリテーション研究第1巻第2号,p120-123,視覚障害リハビリテーション協会.

3) 小川喜道(1984):中途視覚障害者の訓練効果の推定−訓練後の点字能力評価と訓練前検査の比較,「センター研究紀要No.11,p26-32,神奈川県総合リハビリテーションセンター.

4) 吉田道広、澤田真弓、正井隆晶(2002):中途失明者の点字指導に関する研究(U)−カリフォルニアサイズ点字と国際サイズ点字の触読の違いについての検証−,40回日本特殊教育学会発表論文集,P298,日本特殊教育学会.

5) 木塚泰弘(1981-1982):点字科学散歩,交流誌かけはし,No.113-126, 神奈川県ライトセンター.

6)澤田真弓、原田良實(2004):中途視覚障害者への点字触読指導マニュアル,読書工房.

 

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最終更新日: 2013821()

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