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盲ろう者のリハビリテーション

−先天性聴覚障害の盲ろう者に対する入所訓練事例−

矢部健三(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

角石咲子(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)

渡辺文治(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ライトホーム)


1.はじめに

 平成18年の身体障害者実態調査では、盲ろう者は全国で22,000人と推計されているが、わが国に盲ろう者を対象とした専門のリハビリテーション施設はない。201010月に国立障害者リハビリテーションセンターで、「盲ろう者生活訓練等モデル事業」が開始された。しかし、一カ所では全てのニーズに対応することは困難であるため、当分の間視覚障害リハビリテーション施設も盲ろう者のリハビリテーションに携わることが期待される。

七沢更生ライトホーム(以下「当施設」)では、2007年と2009年に、先天性聴覚障害の盲ろう者(以下「盲ろう者」)に入所での生活訓練を提供した。本稿ではこの事例を報告し、視覚障害リハビリテーション施設において盲ろう者のリハビリテーションを提供する際の課題を明らかにしたい。

 

2.事例のプロフィール

年齢・性別・障害等級:30代、男性、視覚2級、聴覚2級。

コミュニケーション手段:受信…口話法、手話、サインペン使用による3cm角の文字で筆談

発信…手話、サインペン使用による3cm角の文字で筆談、単語程度の発話

生活歴:1歳頃先天性難聴の診断。視覚については、小1で網膜色素変性症の診断。小・中・高はろう学校に在籍。理容科を専攻し理容師の資格を取得。卒業後は理容店勤務。視力低下のため2006年からはアルバイトとなり、2007年に離職。障害基礎年金1級受給中。父、母、祖母と4人で、父の持ち家に同居。

 

3.支援経過

(1) 事前準備

 本事例を受け入れるにあたり、下記のような準備を行った。

ハード面:筆談用として携帯可能なホワイトボードを職員室や各訓練室に複数用意した。

ソフト面:2005年と2006年に盲ろう者が通所利用した際に研修した盲ろう者への接し方について、リハスタッフ間で再確認した。

 

(2) 1度目の利用

 表1に訓練内容を示した。

利用期間:20077月〜20083月。3ヶ月間の入所訓練の後、6ヶ月間通所訓練を実施。

利用目的:夜間時の外出等に困難を抱え、歩行、日常、PC等の訓練を希望。

配慮事項:

ア 訓練実施時は、原則として11で対応。

イ コミュニケーションは筆談が中心。日本語式指文字やサイン等も補助的に使用。

ウ 必要に応じて拡大文字の資料も用意。

エ 講演会は神奈川県聴覚障害者福祉センターに要約筆記通訳者の派遣を依頼。

訓練過程:

 感覚訓練の視覚評価では羞明があり、サングラスを紹介。STTはアイマスクなしで実施。視野が狭いため、スピードがあまり早くなければついていけるがボールの行方が分からなくなることもある。FDでは、的も視覚で確認可能だった。

 歩行訓練では、信号機の確認は可能。走行車両に対する意識は低い。脇道と駐車場の判断に難あり。バス・電車の利用は問題なし。課題歩行では、下調べをして対処できるが、その場で目的地を指示した場合、援助依頼や情報収集が適切に行えなかった。

 

表1 1度目の利用(20077月〜20083 月)の訓練内容等

科目

時間数

内容

感覚

訓練

28

視覚評価、触察訓練、身体運動、STTFD

歩行

訓練

61

屋内、白杖の基本操作、住宅街、自宅周辺及び通所ルート(交通機関利用を含む)、繁華街、課題歩行

コミュニケーション訓練

63

清音・長促音・濁音・拗音・数字の学習、単語・短文の読み書き、指点字の体験

日常

生活

訓練

20

掃除、用具の紹介、調理、裁縫

職能

訓練

64

PCWord)の操作訓練。本人のノートPCZoomTextを使用。マウスで操作。

 

 点字訓練では、読みは1行程度の短文読みが可能になった。書きではパーキンスブレーラーでの短文書きが可能になった。読み書きとも音声言語の学習経験がなく、内容や仮名遣いの理解に困難がみられた。

 日常生活訓練では、用具の紹介として触読式腕時計の触り方を助言した。調理では包丁操作・熱源操作等、基本的な安全確認動作は可能になった。火力調節はやや不十分だが、助言により意識できるようになっている。

 職能訓練では、漢字の読み方がわからず、助言が必要だった。WordIMEパッドの操作は可能である。PC操作で就職が無理な場合、実務的な作業を希望している。組み立て等工程が決まっているものであれば、作業テストでは一部可能だった。

 

 他利用者と十分コミュニケーションがとれない、空き時間があってたいくつでイライラしてしまう等の理由で、200710月から通所利用に移行。視覚障害が進行する恐れがあるので、旅行等で自然、景色等いろいろ見ておきたい、仕事は23年後に考えたいとの本事例の希望で、退所後就職せず、家庭復帰となった。

 

(3) 2度目の利用

 表2に訓練内容を示した。また、表3には視覚とコミュニケーション手段の変化を示した。

利用期間:200910月〜20106月。9ヶ月間入所訓練を実施。

利用目的:視力低下を感じ、PCのキーボード操作の習得と点字読み書き技術の習熟を中心に訓練を希望。

盲ろう者の会で使用する点字情報端末や点字プリンタの習得も希望。

配慮事項:

ア 筆談が可能なロービジョン者と同室になってもらう。

イ 毎朝実施する打ち合わせ時はリハスタッフ1名が筆記通訳。

ウ 外泊時の連絡には携帯電話のメール機能を利用。

エ 拡大文字での資料提供のほかに、拡大読書器も活用。

訓連過程:

 感覚訓練では、視覚を中心に触覚は補助的に使い作業することが可能になった。運動系では、バランスは悪いが特に問題はない。

 点字訓練では、2ページ程度の短編読みと点字器での短文書きが可能になった。PC訓練ではいずれのソフトもキーボードでの基本操作が可能になった。点字情報端末、点字プリンタも基本操作は習得できた。

 

表2 2度目の利用(200910月〜20106 月)の訓練内容等

科目

時間数

内容

感覚訓練

63

触察訓練、FD

歩行訓練

2

外泊時利用する駅でIC乗車券の使用方法等説明

コミュニケーション訓練

192

点字の読み書き訓練、点字タイプライター(テラタイプの紹介)、PCWordWindowsMailInternetExplorer等)の操作訓練、点字情報端末(ブレイルメモ32、ブレイルセンスプラス)の操作訓練、点字プリンタの操作訓練

日常生活訓練

28

衣類の管理、調理訓練

 

 日常生活訓練では、洋服のたたみ方・収納法を助言した。調理では、事前にオリエンテーションとシミュレーションを実施すると理解が早かった。

 

 空き時間は、点字の自習やインターネットを利用する等、本人も工夫していた。県内の障害者職業リハビリテーション施設の利用を希望していたが、2010年度入校選考で不合格となり、家庭復帰となった。当面は、役員を務める盲ろう者の会の活動や、趣味のマラソンをしながら、障害者仕事サポーター*1の支援を受け就職活動を行うこととなった。

 

表3 視覚の状況・コミュニケーション手段の変化

 

2007年利用時

2009年利用時

視覚

状況

視力

 右:0.2(0.3)

 左:0.04(0.3)

視野

 中心5度のみ

視力

 右:0.1(0.3)

 左:0.04(0.2)

視野

 中心5度のみ

コミュニケーション

手段

 受信:口話法、手話、サインペン使用による3cm角の文字で筆談 

 発信:手話、サインペン使用による3cm角の文字で筆談、単語程度の発話

 受信:触手話、サインペン使用による45cm角の文字で筆談、手書き文字

 発信:手話、サインペン使用による45cm角の文字で筆談、単語程度の発話

 

 1度目と2度目を比較すると、コミュニケーション手段で筆談の文字が大きくなる、口話法はほとんど使えず、筆談や手書き文字、触手話が中心となる等の変化がみられた。

 

 

4.考察

 いくつかの配慮を行うことで、盲ろう者への訓練や面接は概ね問題なく実施できた。本事例に対して行った配慮を改めてまとめると、以下の通りである。

ア 盲ろう者とリハスタッフとの間で使用できるコミュニケーション手段を確保した。

イ 受け入れに先立って盲ろう者との接し方についてリハスタッフの研修を行った。

エ 訓練は原則として個別対応とし、コミュニケーションに十分な時間を確保できるようにした。

オ 講演会では他機関と連携し、通訳者を確保した。

 

 渡辺*2や寺島*3は、他利用者とのコミュニケーション不足の不満やトラブルを防ぐためにも、盲ろう者への情報提供や仲間作りの機会の必要性を指摘している。

本事例は視覚での情報収集やコミュニケーションが可能だったため、1度目の利用時にはそのような機会を積極的には設けなかった。そのため、他利用者と十分コミュニケーションがとれない、空き時間があってたいくつしてしまう等の不満が出され、入所から通所へ移行した。先述したように、2度目の入所時には、筆談が可能なロービジョン者と同室になってもらう等の配慮を行ったが、他利用者とのコミュニケーションは入浴順序の連絡等最低限のものに留まり、仲間作りの機会として十分な効果を挙げたとはいえない。

 福島*4は、「視覚障害、聴覚障害いずれか一方の専門家だけの取り組みでは、盲ろう者のリハビリテーションは実現不可能である。」と指摘している。本事例に当施設が実施した支援も、一部聴覚障害専門機関と連携したとはいえ、盲ろう者のリハビリテーションとして十分なものかは疑問の余地が残る。

 本事例は2度目の利用時には盲ろう者の会の役員を務め、盲ろう者として積極的に活動するようになっていた。これには、20069月から20078月まで当施設を通所利用していた盲ろう者(以下「Aさん」)の存在が大きな役割を果たしたものと考えられる。本事例は1度目の利用時にこのAさんと出会っている。本事例はそれまで盲ろう者の会の存在は知っていたものの、ほとんど参加しておらず、通訳介助を受けた経験もなかった。Aさんは週1回の通所だったので、本事例との交流は数回に過ぎなかったが、盲ろう者の会の役員を務めていたAさんに会への参加を直接促されたことで、2008年以降は本事例も盲ろう者の会に積極的に参加するようになった。盲ろう者のリハビリテーションにおいて、盲ろう当事者との関わりや、ピアカウンセリングの重要性を示唆するエピソードである。

 

5.おわりに

 今回の経験から視覚障害リハビリテーション施設において盲ろう者のリハビリテーションを実施するうえで、訓練や面接の場面で盲ろう者とリハスタッフのコミュニケーションを確保するだけでなく、空き時間や自由時間等に他者とのコミュニケーションをどのように確保し、盲ろう者の孤独感・疎外感を軽減するかが今後の課題として改めて浮かび上がった。

 また、盲ろうという障害への適応や社会参加の促進には、ピアカウンセリング等の形で盲ろう当事者とのかかわりが重要であることが示唆された。この面では各地で活動している盲ろう者友の会等との積極的な連携が欠かせない。

 

謝辞

 本稿を執筆するに当たって、対象事例には協力を快諾していただいた。この場を借りて心より感謝申し上げる。

 

参考・引用文献

*1 神奈川県: 障害者しごとサポート事業, 

http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/06/0614/syogai/support.html.

*2 渡辺文治:1993, 中途視覚聴覚重複障害者のリハビリテーション−生活訓練と職業訓練を受けた1事例−, 第2回視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集, 10-13.

*3 寺島 : 2001, 更生訓練所における盲ろう者のリハビリテーション, 国立身体障害者リハビリテーションセンター研究紀要22, 45-54.

*4 福島智:2009, 特別講演「盲ろう者として生きて」, 18回視覚障害リハビリテーション研究発表大会抄録集, 24-25.

 

 

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最終更新日: 20111225()

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