矢部健三、渡辺文治、末田靖則、喜多井省次、内野大介
(神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢ライトホーム)
中途視覚障害者は、点字触読の習得に大きな困難を抱えている。その原因として、これまでは糖尿病神経症による触知覚の鈍磨などがあげられてきた。中途視覚障害者の点字触読指導に当たってきた筆者らとしては、その他に、学習者の日本語能力や年齢なども大きな影響を与えている、という印象を受けている。そこで、中途視覚障害者の点字触読技術習得の阻害要因を再検討するために、七沢ライトホーム(以下「当施設」)で実施した点字読み訓練について調査した。本稿では、その結果を報告する。
調査対象:1991年度〜2006年度の当施設入所利用者280名
調査方法:訓練記録の参照、訓練担当者などへの聞き取り
調査内容:基本属性、触知覚の状況、点字読み訓練の結果等
表1〜表3に、点字読み訓練対象者の年齢構成、障害原因、障害等級を示した。
点字読み訓練対象者は183名(65.4%)である。年齢では、50代が最も多く4分の1を占める。障害原因では、糖尿病網膜症が最も多く、30%以上である。これに次いで多いのは、網膜色素変性症の16.9%である。障害等級では、重度者が多く、1・2級で95%以上を占めるが、視力低下の不安から点字触読訓練を希望するロービジョンの者も少なくない。
表1 点字読み訓練対象者の年齢構成(人)
|
10代 |
20代 |
30代 |
40代 |
50代 |
60代 |
70以上 |
総数 |
平均年齢 |
男 |
4 |
13 |
32 |
33 |
33 |
20 |
1 |
136 |
45.8 |
女 |
1 |
9 |
9 |
6 |
16 |
5 |
1 |
47 |
42.1 |
総数 |
5 |
22 |
41 |
39 |
49 |
25 |
2 |
183 |
44.7 |
割合(%) |
2.7 |
12.0 |
22.4 |
21.3 |
26.8 |
13.7 |
1.1 |
100.0 |
|
表2 点字読み訓練対象者の障害原因(人)
|
外傷 |
ベー |
糖尿 |
中枢 |
緑内 |
剥離 |
未熟 |
他疾患 |
色変 |
他先天 |
不明 |
総数 |
男 |
11 |
6 |
45 |
14 |
10 |
5 |
0 |
14 |
23 |
8 |
0 |
136 |
女 |
1 |
1 |
14 |
4 |
4 |
4 |
0 |
7 |
8 |
4 |
0 |
47 |
総数 |
12 |
7 |
59 |
18 |
14 |
9 |
0 |
21 |
31 |
12 |
0 |
183 |
割合(%) |
6.6 |
3.8 |
32.2 |
9.8 |
7.7 |
4.9 |
0.0 |
11.5 |
16.9 |
6.6 |
0.0 |
100.0 |
※ 表2中の「ベー」はベーチェット病、「糖尿」は糖尿病網膜症、「中枢」は脳血管障害や脳腫瘍などの中枢性の疾患、「緑内」は緑内障、「剥離」は網膜はく離、「未熟」は未熟児網膜症、「色変」は網膜色素変性を表す。
表3 点字読み訓練対象者の障害等級(人)
|
1級 |
2級 |
3級 |
4級 |
5級 |
6級 |
総数 |
男 |
96 |
33 |
4 |
2 |
1 |
0 |
136 |
女 |
35 |
10 |
2 |
0 |
0 |
0 |
47 |
総数 |
131 |
43 |
6 |
2 |
1 |
0 |
183 |
割合(%) |
71.6 |
23.5 |
3.3 |
1.1 |
0.5 |
0.0 |
100.0 |
表4に点字読み訓練の流れを示した。訓練前評価では、日本語表記の知識や触知覚の状況、基礎的な学力などを評価している。
訓練前評価で触知覚テストの得点が低い場合や、文字言語についての知識が乏しいなどの結果が得られた場合、また、高齢、ロービジョンなどの者には、点字読み訓練の導入前に、墨点字の一覧表や点字学習具を使用した点構成の学習から訓練を開始している。なお、初期段階での運指については、垂直・水平運動を基本に指導している。
表4 当施設での点字訓練の流れ
段階 |
内容 |
評価 |
普通文字の書き 触知覚テスト 学習テスト(国語・算数・理科・社会) |
初期 |
点辿り 清音・長促音・濁音・拗音・数字の学習 1行程度の短文読み |
中期 |
1ページ程度の短編読み ※点字器での書き導入 記号・アルファベット・特殊音の学習 2〜4ページ程度の短編読み |
終期 |
5ページ以上の短編読み ※点字タイプライターでの書き導入 点字雑誌、辞書、英語点字などの紹介 |
※ 訓練前評価の「普通文字の書き」は、50音・数字・アルファベットの書き、かなのみの短文書き・漢字交じりの短文書きなど。
※ 訓練前評価の「触知覚テスト」は、点字による触察検査(注1)。1行1問で、見本項、選択項4の計5コの点字をそれぞれ2マスあけで配置。4コの選択項の何番目が見本項と同じものであるかを答てもらう。20問で各問につき、第1試行で正答なら2点、再試行で正答なら1点。合計40点満点。
※ 訓練前評価の「学習テスト」は、小学〜高校程度の教科学習に関する検査。国・数・理・社、合計60点満点。
点字読み訓練対象者183名を、終了時の到達度で、以下の五つのグループに分けた。
A 10分以内 読速度が32マス18行で1ページ10分以内に到達した者
B 10〜30分 読速度が32マス18行で1ページ10〜30分程度に到達した者
C 30分以上 読速度が32マス18行で1ページ30分以上に到達した者
D 紹介程度 訓練が清音・濁音・拗音などの単語読みで終了した者
E 構成のみ 訓練が50音などの構成学習のみで終了した者
表5に点字読み訓練の結果を示した。原田らは、中高年の中途視覚障害者の点字読み訓練では、半年から1年の期間で、1ページ10分から5分を目標にするとしている(注2)。しかし、当施設での点字読み訓練で読速度が10分以内に到達した者は、30名(16.4%)、である。平成13年の「身体障害児・者実態調査」(注3)でも、「点字ができる」と答えた視覚障害者は32,000人(10.6%)と推計されており、この結果は概ね妥当なものと思われる。一方、紹介程度で訓練を終了した者は67名(36.6%)と最も多い。また、点構成の学習のみで訓練を終了した者も36名(19.7%)いる。
表5 点字読み訓練の結果(人)
|
A |
B |
C |
D |
E |
総数 |
男 |
15 |
21 |
20 |
49 |
31 |
136 |
女 |
15 |
5 |
4 |
18 |
5 |
47 |
総数 |
30 |
26 |
24 |
67 |
36 |
183 |
割合(%) |
16.4 |
14.2 |
13.1 |
36.6 |
19.7 |
100.0 |
表9に、各グループの触知覚テスト・学習テストの得点、年齢の平均を示した。10分以内に到達した者は、年齢が若く、触知覚テストと学習テストの得点が高いという傾向が見られる。しかし、学習テストの得点は、10〜30分にとどまった者とほとんど変わらない。
表6 各グループの触知覚テスト・学習テストの得点、年齢の平均
|
A |
B |
C |
D |
E |
平均 |
触知覚テスト |
36.9/40 |
34.8/40 |
34.4/40 |
31.3/40 |
29.3/40 |
32.3/40 |
学習テスト |
40.5/60 |
40.1/60 |
37.6/60 |
36.0/60 |
29.4/60 |
36.0/60 |
平均年齢 |
35.5 |
38.2 |
44.3 |
50.8 |
47.3 |
45.0 |
次に、年代別、触知覚テストの得点別、学習テストの得点別に点字読み訓練の結果をまとめた。
図1には、年代別点字読み訓練結果の分布図を示した。10分以内に到達した者の割合は、20代が54.5%と最も高く、30代(17.1%)・40代(25.6%)がそれに続いている。一方、紹介程度や構成のみで終了したものの割合は、50代から70代が50%強と高い。10代で10分以内に到達した者がいないのは、高次脳機能障害や知的障害などを重複した者が多数を占めたためと思われる。
図1 年代別訓練結果(%)
図2には、触知覚テストの得点別点字読み訓練結果の分布図を示した。10分以内に到達した者の割合は、他機関で紹介程度の点字学習経験がある者と、36点以上の者が30%強と高い。25点以下の者で10分以内に到達した者はいなかった。
図2 触知覚テストの得点別訓練結果(%)
※ 図中の「未実施」は、他機関で紹介程度の点字学習経験があり、訓練前評価で触知覚テストを実施しなかった者。
図3には、学習テストの得点別点字読み訓練結果の分布図を示した。10分以内に到達した者の割合は、40.1〜50点の者が27.5%と最も高く、50.1〜60点の者の20.0%が続いている。
図3 学習テストの得点別訓練結果(%)
※ 図中の「未実施」は、訓練前評価で学習テストを実施しなかった者。
これらの調査結果から年齢が若く、触知覚テストや学習テストの得点が高い者の方が点字触読の習得に有利であることがわかった。一方、50歳以上の者は76名(41.5%)いたにもかかわらず、 10分以内に到達した者は、僅かに1名(0.5%)にすぎない。したがって、点字触読の習得には、年齢がより大きな影響を与えているといえるだろう。
中高年、特に50歳以上の中途視覚障害者の点字触読習得は、非常に困難である。これらの者へ点字訓練を実施する際には、指導する側が、点字触読技術の習得には大きな困難を伴うということを十分認識することが必要である。その上で、以下の点に留意する必要がある。
第1は、訓練の目標を、学習手段や読書手段の習得といった高いレベルに限定するのではなく、利用者個々のニーズや能力に即して設定することである。
第2は、点字学習を、生涯学習の一つと捉えることである。つまり、中高年の中途視覚障害者が点字を学ぶ、という行為そのものに価値を見いだすことである。
第3は、中高年の中途視覚障害者にとって点字学習それ自体が社会参加の一つである、と理解することである。すなわち、点字を学ぶ中高年の中途視覚障害者と、点字を指導する援助者との人間的な関わり自体に大きな価値を見出すことが必要である。
《参考文献》
1) 小川喜道(1984):中途視覚障害者の訓練効果の推定−訓練後の点字能力評価と訓練前検査の比較,「センター研究紀要No.11」,p26-32,神奈川県総合リハビリテーションセンター.
2)澤田真弓、原田良實(2004):中途視覚障害者への点字触読指導マニュアル,p9-11,読書工房.
3) 障害者福祉研究会(2005):我が国の身体障害児・者の現状 平成13年度身体障害児・者実態調査結果報告,p46-47, 中央法規.
メール どうぞ、ご感想を気軽にお寄せください。
最終更新日: 2009年11月18日(水)
© 2009 矢部健三. All rights reserved.