神奈川県総合リハビリテーションセンター 七沢ライトホーム 矢部健三
七沢ライトホーム(以下「当施設」と略す)は、身体障害者福祉法に基づいて設置された視覚障害者更生施設で、視覚障害者を対象に入所・通所により、利用者個々のニーズに応じた総合的な自立訓練プログラムを提供している。昭和48年のオープンから平成18年3月31日までの利用者総数は760人、退所者総数は738人を数えている。
本稿では、当施設で実施している点字指導について、その基本的な訓練プログラムを紹介し、中高年視覚障害者への点字指導の事例を報告する。
2-1 利用者状況
当施設の定員は、入所20人、通所5人で、入所の時期は、年間を通し定員の空き状況に応じて随時に入所・通所が可能である。対象は、視覚障害による身体障害者手帳の交付を受けている満15歳以上のものである。訓練の期間は、利用者個々のリハビリテーションに必要な期間で、概ね1年である。
表1に、2001年度から2005年度まで、および1994年度の当施設利用者の年齢階級別状況、表2に障害・傷病別状況、表3に障害等級別状況を示した。
表1 利用者の年齢階級別状況(単位は「人」)
年度 |
〜19 |
20〜29 |
30〜39 |
40〜49 |
50〜59 |
60〜69 |
70〜 |
総数 |
平均 |
1994 |
0 |
3 |
8 |
4 |
3 |
0 |
0 |
18 |
38.6 |
2001 |
1 |
3 |
2 |
6 |
6 |
4 |
0 |
22 |
45.7 |
2002 |
0 |
0 |
2 |
6 |
8 |
4 |
1 |
21 |
52.6 |
2003 |
1 |
2 |
7 |
3 |
4 |
2 |
2 |
21 |
44.6 |
2004 |
1 |
5 |
5 |
2 |
9 |
3 |
0 |
25 |
44.7 |
2005 |
1 |
0 |
6 |
4 |
6 |
5 |
0 |
22 |
47.3 |
年齢階級別状況では、各年で多少のばらつきはあるものの、徐々に平均年齢が上昇しており、1994年と比べて10歳近く平均年齢が上昇している。
表2 利用者の障害・傷病別状況(単位は「人」)
年度 |
外傷 |
ベー |
糖尿 |
中枢 |
色変 |
その他 |
総数 |
1994 |
1 |
1 |
7 |
0 |
1 |
8 |
18 |
2001 |
0 |
1 |
3 |
6 |
3 |
9 |
22 |
2002 |
0 |
0 |
5 |
2 |
5 |
9 |
21 |
2003 |
2 |
0 |
3 |
2 |
4 |
10 |
21 |
2004 |
0 |
0 |
9 |
2 |
5 |
8 |
25 |
2005 |
0 |
0 |
3 |
1 |
6 |
11 |
22 |
※「ベー」はベーチェット病、「中枢」は脳血管障害や脳腫瘍などの中枢性疾患。
障害・傷病別状況では、糖尿病網膜症や網膜色素変性症の他、脳血管障害や脳腫瘍など中枢性疾患によるものが多い。
表3 利用者の障害等級別状況(単位は「人」)
年度 |
1級 |
2級 |
3級〜 |
総数 |
1994 |
13 |
4 |
1 |
18 |
2001 |
17 |
4 |
1 |
22 |
2002 |
13 |
7 |
1 |
21 |
2003 |
14 |
5 |
2 |
21 |
2004 |
17 |
6 |
1 |
25 |
2005 |
17 |
5 |
0 |
22 |
障害等級別状況では、いずれの年度も1・2級で9割程度を占めている。
2-2 七沢ライトホームの点字訓練
当施設では、視覚障害者に対して、社会・経済活動への参加や家庭復帰など利用者個々の目的に応じたプログラムを作成し、様々な角度から訓練・支援を提供している。
表4に当施設で提供している一般的な点字訓練の内容、表5に応用的な点字訓練の内容を示した。
当施設では原則として点字については読み訓練から導入している。文字の提示順序は50音順である。清音・長促音・濁音・拗音・数字までを学習し、短文読みが可能になった段階で書き訓練を導入している。
表4 一般的な点字訓練の内容
段階 |
項目 |
内容 |
初期 |
評価 |
ハンドライティング |
|
|
触知覚テスト |
|
点字読み |
点辿りの練習 |
|
|
清音・長促音の学習 |
|
|
濁音・半濁音の学習 |
|
|
拗音・数字の学習 |
|
|
点字版時間割の紹介 |
|
|
1行程度の短文読み |
中期 |
点字書き(点字器) |
用紙のセット |
|
|
打点練習 |
|
|
単語・短文書き |
|
|
わかち読みテープ聞き書き |
|
点字読み |
1ページ程度の短編読み |
|
|
読速度評価(中期) |
|
|
文章記号・アルファベットの学習 |
|
|
2ページの短編読み |
|
|
特殊音の学習 |
|
点字書き(点字器) |
わかち書きテープ聞き書き |
|
点字読み |
3〜4ページの文章読み |
|
|
読速度評価(中期) |
|
|
数学・理科記号の学習 |
終期 |
点字読み |
5〜16ページの文章読み |
|
|
点字雑誌の紹介とその読み |
|
|
点字図書の紹介とその読み |
|
点字書き (点字器) |
実用的な文書の書き方 |
|
点字書き (タイプ) |
パーキンス・ブレーラーの紹介 用紙のセット |
|
|
打点練習 |
|
|
単語・短文書き |
|
|
わかち読み・わかち書きテープ聞き書き |
|
|
実用的な文書の書き方 |
|
点字読み |
読速度評価(終期) |
表5 応用的な点字訓練の内容
段階 |
項目 |
内容 |
応用 |
点字読み |
多様な点字の紹介 |
|
|
辞書の種類と使い方 |
|
|
英語点字の読み |
|
点字書き (タイプ) |
テラタイプ |
|
|
アポロ・ブレーラー |
|
|
ライト・ブレーラー |
|
その他の点字器・ 用具 |
点字器の種類と特徴 |
|
|
ネームテープへの打点法とラベリング |
|
|
メモの取り方、住所録の作り方など |
この他に、点字触読困難者に対しては、読み訓練の導入前に点字学習具や墨点字一覧表を用いて点字構成の学習訓練も実施している。
3-1 過去5年間の訓練状況
表6に、2001年度から2005年度までの点字読み訓練の結果、表7に点字書き訓練の結果を示した。
表6 点字読み訓練の結果(単位は「人」)
年度 |
10分以内 |
10〜30分 |
30分以上 |
紹介 |
継続 |
その他 |
実施者数 |
2001 |
2 |
2 |
2 |
1 |
2 |
2 |
11 |
|
18.2% |
18.2% |
18.2% |
9.1% |
18.2% |
18.2% |
100.0% |
2002 |
2 |
2 |
4 |
4 |
5 |
0 |
17 |
|
11.8% |
11.8% |
23.5% |
23.5% |
29.4% |
0.0% |
100.0% |
2003 |
2 |
1 |
7 |
3 |
6 |
0 |
19 |
|
10.5% |
5.3% |
36.8% |
15.8% |
31.6% |
0.0% |
100.0% |
2004 |
3 |
3 |
3 |
10 |
3 |
1 |
23 |
|
13.0% |
13.0% |
13.0% |
43.5% |
13.0% |
4.3% |
100.0% |
2005 |
2 |
4 |
1 |
2 |
5 |
1 |
15 |
|
13.3% |
26.7% |
6.7% |
13.3% |
33.3% |
6.7% |
100.0% |
平均 |
2.2 |
2.4 |
3.4 |
4 |
4.2 |
0.8 |
17 |
|
13.4% |
15.0% |
19.7% |
21.0% |
25.1% |
5.8% |
100.0% |
※「紹介」は訓練終了時点で読速度を計測できるまでにいたらなかった者、「継続」は次年度も訓練を継続した者、「その他」はすでに点字を習得していた者。
表7 点字書き訓練の結果(単位は「人」)
年度 |
内容 |
実用 |
紹介 |
継続 |
その他 |
実施者数 |
2001 |
点字器 |
3 |
1 |
6 |
0 |
10 |
|
タイプ |
2 |
3 |
2 |
0 |
7 |
2002 |
点字器 |
3 |
4 |
1 |
0 |
8 |
|
タイプ |
2 |
4 |
0 |
0 |
6 |
2003 |
点字器 |
5 |
8 |
0 |
0 |
13 |
|
タイプ |
1 |
3 |
0 |
0 |
4 |
2004 |
点字器 |
3 |
8 |
3 |
0 |
14 |
|
タイプ |
0 |
1 |
1 |
0 |
2 |
2005 |
点字器 |
5 |
4 |
1 |
2 |
12 |
|
タイプ |
0 |
5 |
1 |
1 |
7 |
※「継続」は次年度も訓練を継続した者、「その他」はすでに点字を習得していた者。
当施設では、点字読み訓練の目標を、標準点字(32ます18行)の1ページを10分以内で読めるようになることとしている。各年で多少のばらつきはあるものの、この段階に到達できた者は、訓練実施者全体の10%程度である。平成13年の「身体障害児・者実態調査」でも、「点字ができる」視覚障害者は32,000人(10.6%)と推計されていることから、概ね妥当な結果と思われる。
3-2 事例のプロフィール
厚木市在住の男性、61歳。網膜剥離で視覚障害1級。視力は左右とも光覚弁である。
高卒後S50年まで会社勤務。その後調理師として就労し、S62年からH7年まで料理店を自営。H12年に左眼を失明。原因は不明。H17年3月右眼が網膜剥離を発症。3度手術を行うが視力は回復せず、身障手帳取得。視覚障害者としての全般的な日常生活訓練を希望してH17年11月から当施設を利用。
3-3 訓練経過と考察
表8に事例の訓練経過を示した。
面接時に、録音図書の利用方法や、ハンドライティングの技術、点字の読み書き技術などを習得したいとの希望が出された。訓練はH17年11月に開始し、週3〜5回のペースで現在まで継続している。
初期評価の結果や年齢から、訓練内容の習得には困難が予想された。触知覚テストの得点がやや低く、点字の触読は難しいと思われたことから、点字訓練については、点字学習具を用いた構成の学習から訓練を導入した。
構成の学習では、点字学習具を用いて清音から拗音までを学習した。単語を読む課題では構成から読みを想起するのに時間がかかった。
点字の読みでは、標準サイズ点字での触読が難しかったため、欧米サイズ点字(パーキンスで打ったもの)で一マスあけにしたテキストを使用し、清音の単語読みまで実施した。長促音以降の訓練では、1マスあけをせず、普通に表記したテキストを使用した。読み訓練開始直後は構成から読みを想起するのに時間がかかったが、訓練を重ねるごとに改善が見られた。現時点で、1回の訓練時間内(50分)に、300字程度の短編読みが可能であるが、標準サイズ点字への移行はまだできていない。
点字の書きでは、点字器を使用している。8月に導入したばかりで、まだ打点速度は上がらず打点ミスも減っていない。
5月以降は、本人の希望でPC訓練も平行して行っている。
表8 事例の訓練経過
日付 |
項目 |
回数 |
内容 |
評価 |
11月 |
面接 |
1 |
|
|
|
初期評価 |
3 |
墨字・触知覚・学習 |
触知覚の得点がやや低い |
|
録音図書 |
6 |
ライトセンター紹介・テープ雑誌・DAISY図書 |
実用的に利用可能 |
12月 |
読み |
4 |
点たどり |
行たどりや点の把握が悪い |
|
構成 |
18 |
清音・長促音・濁音・拗音の学習 |
記憶の定着には反復練習が必要 |
2月 |
読み |
14 |
点たどり・清音の単語読み(1マスあけ) |
音の想起に時間がかかる |
3月 |
読み |
8 |
清音・長促音の単語・短文読み |
触読に改善がみられた |
|
読み |
25 |
濁音・拗音・数字の単語・短文読み |
読速度には若干向上がみられた |
5月 |
読み |
38 |
短編読み(100〜300字) |
内容の理解に大きな問題はない |
|
pc |
10 |
ニュース閲覧ソフト |
|
|
pc |
36 |
ワープロソフト |
|
8月 |
書き |
6 |
点字器での打点練習 |
まだ打点は遅くミスも多い |
訓練全体を通じて、加齢による新規学習の困難(記憶力や理解力、集中力の低下など)がみられた。中高年の中途視覚障害者にみられる点字触読の困難は、触知覚の鈍磨よりもこれら加齢による新規学習の困難が多く影響していると思われる。この事例の場合、課題の細分化や反復した練習、欧米サイズ点字の使用などによって、一定の訓練効果をあげることができた。
近年、当施設においても高齢やその他の障害から点字の拾得が難しい事例の増加が顕著である。このような事例への点字指導では、読み訓練の導入前に点字学習具などで構成を学習する、読み訓練の導入後には欧米サイズ点字のテキストを使用し、長促音の学習までは一マスあけで表記するなどの工夫が効果的であるという感触を得ている。
しかしながら、このような工夫を行ったとしてもすべての利用者が実用的な点字の読み技術を習得できるわけではない。したがって、点字訓練の目的を、読書や学習手段の習得とするだけではなく、印付けやメモ書き程度に変更することが必要である。
さらに、点字学習を、生涯学習の一つと捕らえて学ぶ行為そのものに価値を見いだす、あるいは社会参加の一つと位置付けて利用者と指導者・援助者との関わりを重視するなど、その意義を再評価することが求められている。
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最終更新日: 2009年11月18日(水)
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