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泣き声

神奈川県・矢部健三

 育休期間中から毎朝妻が登校するのを僕と二人で見送っていたせいか、息子は保育園に入園してからも妻とのお別れのときにはまったく涙を見せませんでした。

 他のお友達が泣き叫んでお母さんにしがみつきお別れに抵抗していたり、一人置いて行かれたことに抗議する意味で泣き続けたり、朝の保育園はまさに修羅場。そんな中で息子はきょとんと周りの様子を眺めています。

 (どうしてみんな泣いてるの?)と言いたげに。

 妻が「じゃあね、バイバイね」と言っても、息子はもう保育園のおもちゃに目は釘付けで、妻へのバイバイも気もそぞろといった感じ。親としてはこんな息子のたくましさに、安堵するやら、なにか大切なものが欠けているのかと不安になるやら。

 そんな息子が朝お母さんとのお別れで泣くようになりました。それは、夏休みの終わった9月。専門学校の夏休みはまるまる1カ月、そのあいだ日中はほとんど妻と息子は一緒でしたから無理もありません。そういえば、保母さん(昨年からは「保育士」というんだそうですね)が、大形連休や夏休み、お正月の後はみんな泣くようになるって言っていました。いざ、子どもがお別れのときに泣くようになると、後ろ髪を引かれるような思いでとてもつらい、と妻はこぼします。

 こんな話を妻から聞かされても、そんなものなのかなあ、と僕は今一ぴんときません。まあ、保育園へ息子を送るのは妻がやっていますし、僕が息子を置いて出かけるときはたいてい妻が息子とは一緒にいますから、僕はお別れのときに泣かれたことがありません。「泣かれる気持ち」がわからないのも当然かな?と思います。

 でも1週間もしないうちに、息子はまた保育園に慣れ遊ぶのに夢中になって泣かないようになりました。

 そんなある日、妻が風邪をひいて寝込んでしまいました。その日妻は休みで、息子と一緒に家にいる予定でしたが、これでは息子を見るのはちょっと難しそうです。保育園にはすでにお休みすると伝えてしまっていましたし、僕は仕事を休めそうにないので困りました。

 朝早くから失礼かな?と思いつつ、宿舎の中で家族ぐるみのお付き合いをしている友人のところに電話して事情を話すと、快く1日息子を預かってくれると言ってくれました。やはり持つべきものは友人だなあ、と感謝しながら、僕と息子は急いで朝食を済ませ、鞄に着替えとおむつを入れて出発です。息子は僕と二人でお出かけできると思ったのか、機嫌良く妻にバイバイをして玄関を出ました。友人の家の近くまで歩いて行くと、すでに奥さんと4歳の娘さんが迎えに出てくれています。僕と奥さんで挨拶をしている間にも二人の子どもはもう遊び始めました。

 出勤時間も迫っているので、息子に「じゃあね、お父さんは会社に行ってくるからいい子にしてるんだよ」と言って出かけようとすると、さっきまで機嫌良く遊んでいたのに急に不安げな顔になったかと思うと泣き出してしまいました。予想もしない息子の反応に一瞬ためらってしまいましたが、「だいじょうぶですよ、行ってきてください」という奥さんの言葉に背中を押されて僕は歩き始めました。

 奥さんの足に縋り付きながら僕の方を見て泣く息子の声を背中で聞いて、僕は妻が言っていた「後ろ髪を引かれる思い」というのはこういうことなのかとようやく納得できました。ただ、僕の場合、後ろ髪を引かれるつらさより、僕とのお別れでも泣いてくれることがあるんだ、という満足感の方が大きかったのですが・・・。

 

「かるがも新聞」(2000年2月号)

 

 

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最終更新日: 2009122()

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